パキスタンやアフガニスタンでイスラムの悪しき慣習から殺されている女性の実態、パキスタン人のグール・ミーナは実の兄に殺されかけた。

by 管理者
4月 06日 2013 年

アフガニスタンやパキスタンの排他社会では、女性が虐げられ、虐待され、殺されているが、その理由はイスラム教の慣習にあるらしい。

 

ここでは、12才の時に60才の爺と結婚させられたパキスタンの少女グール・ミーナが、その夫となった爺から虐待されて逃げだしたところ、今度は少女の兄が執拗に追いかけてきて刃物で彼女の体を切り裂いた。

CNNの生々しい動画の映像により、彼女がいかに恐ろしい目に遭ってきたのか良く分かる。

彼女がいる避難所は2014年の終りに国連軍の撤退に合わせて運営資金が無くなるため、犠牲となっている数千人の女性の代表としてCNNのインタビューに応じ、世界中にメッセージを発信しようと考えたのだろうが、傷ついた顔で自殺したいほど恥ずかしく思っている彼女にとって、世界中にその顔をさらすことになるので並々ならない決意だったのだろうと想像できる。

元記事はココです。

 

kill me in honor attack

 

 

 

排他的な社会:”名誉の攻撃”でどのように兄は私を殺そうとしたのか?

 

寒くて冷たい雨が降るカブールで泥が窪みに溜ったでこぼこ道は一面泥の海になった。私たちは高い塀のある建物についた。建物外に立っている守衛の兵士がライフル銃で合図をする。

私たちは女性用の避難所にいるグール・ミーナに合うために来た。--17歳のパキスタンから来た少女は生きるべきでないとされた。

私と仲間は部屋に案内された。そして椅子にうつむいて小さく崩れ落ちそうに座っていた少女がグール・ミーナだった。

私たちが部屋に入ったときに、彼女の暗い眼差しは、窓の外を流れる雨粒から私達に向けられた。

グールの明るい色の頭を覆うスカーフは、青と赤と緑の花で刺繍され、彼女の顔のほとんどを覆っていた。

彼女は神経質そうにスカーフを触り、スカーフの下からおびえた顔をちらっと見せた。

避難所から駆け寄ってきた保護者であるアフガン人の女性であるアニサは、彼女の頭に触り、優しくスカーフを後ろに動かした。

その時、私たちは彼女の顔に深く刻まれた傷を見た。

このパキスタンの少女の悲惨で苦しい人生は、学校に行く代わりに60才の爺と結婚させられた12歳から始まった。

私の家族は、私が12歳になったときに離れていった。私の夫は60才です。毎日、彼は私を叩きました。私は泣いて止めるように頼みました。しかし、彼は私を叩き続けました。

 

グールが彼女の家族に起こっていることを話したときの家族の反応は彼女にとってショックだった。「私が不満を言った時、私の家族は私を叩きました。お前の夫の家のことだ。--それはお前の人生だ。」

虐待から5年後、グール・ミーナは若いアフガン人と合い、そしてついにパキスタンに夫を置いていく決意が大きくなった。2012年の11月に彼女は身の回りのものを詰めてアフガニスタンの国境を横切り、ジャララバードに行った。

グールはイスラム教の慣習によると最高の罪を犯していることを知った。--別の人と一緒に彼女の夫から走って逃げたかった。--結婚生活を続けたくないと思った。

「私は何度も毒で自殺しようとしたが出来なかった。自分の人生が嫌になり逃げだした。私が逃げたとき、危険なことだと知った。私は夫と家族が私を探していることを知ったが、私はこれから起こることを考えなかった。私の未来は輝いていた。」と彼女は言う。

数日後、彼女の兄が彼女を追い詰めた。斧で武装してミーナの友達を殺そうと切りつけた。それから彼の妹を15回叩いた。--彼女の顔と頭と体を部分を切り開いた。

グール・ミーナは私にこれらの傷痕を見せる--頭を覆っているスカーフを取り除き、彼女の指が治ったばかりで隆起している皮膚を穏やかに上下させる。彼女は刃物が当たった頭部に触り、首の後ろと腕の深い傷跡を見せた。彼女は気を失う前に必至になって彼女の兄と戦ったことは明らかだった。

 

Gul Meena

 

彼女は死んだと思い込んで、彼女の兄はパキスタンに逃げ戻った。

パキスタン当局はまだ彼を捕まえてない、そして彼の家族はグールを殺そうとしたことを否定している。

騒動を聞いてた通行人がベッドの上の血だまりに横たわっているグールを発見した、そして彼女を急いでナンガルハール地域の緊急医療センターに運び込んだ。

彼女の頭蓋骨から脳の一部がはみ出し出しており、脳外科医のクハリドは手術台の上にいる小さな少女に生きる希望をほとんど持てなかった。

「私たちは彼女を手術室に連れていきました。そして彼女はすでに沢山の血を失っていた。彼女の怪我は酷くて彼女の脳は影響を受けた。--私たちは彼女が生きるとは考えられなかった。」とクハリドは言い、傷を縫い合わせる前の写真を見せてくれた。彼女の一枚の写真は、切り裂かれて別々になった肉の破片のようだ。

「私たちはグール・ミーナが生きていることで全能の神に感謝している。--本当に奇跡だ。」とクハリドは言った。

しかし、グールのトラブルは過ぎ去ったわけではない。彼女が病院で医者やスタッフから救命措置を受けている間、病院の外に彼女を世話をする人はいなかった。グールは彼女の家族から家族の一員でないと拒否され、政府や当局は彼女が生き延びて病院で手当てを受けていることを知りながら、彼女の周りの攻撃的な環境と汚名に何もしない。

 

グールは病院に2か月間滞在し彼女の薬代を寄付した医者の好意に感謝した。ついにthe American-Afghan organization Women for Afghan Womenはグールの境遇について通知され彼女を受け入れ、彼女が必要としている愛と保護を彼女に与えるためにカブールの避難所に輸送した。

「彼女が初めて私たちのところに来たとき、彼女はわずかに意識がある程度で、話したり歩くことが出来なかった。--彼女は自分で食事できなかった。彼女はおむつを付けなければならなかった。もし私たちが彼女を保護しなかったら、彼女は生きていけなかったでしょう。」とWomen For Afghan Womenのexecutive directorであるナデリは言った。

グール・ミーナはアフガニスタンの向こう側の避難所に住んでいる数千人の女性の1人です。--彼女たちの多くは名誉の殺人未遂の犠牲者だ。

悲劇的なこの慣習はいまだにアフガニスタンとパキスタンの特定の種族を含むいくつかの風習に存在する。

 

最近、国連事務総長のパン・ギムンは、2012年のアフガニスタンで民間人の負傷者が女性と少女の中で20%以上に上昇したことに対する懸念を表明した。

「暴力があった事例には起訴して改善するようにしているにも関わらず、アフガニスタンにおける女性や少女に対する虐待で刑罰から逃れる風潮が広がることを深く心配している。」

国連は2010年~2012年の間に発生した女性と少女に対する4000件の暴力行為をアフガニスタンの女性省に報告したと主張する。

アフガニスタンの避難所に14人の女性がいる間、彼女たち全員の資金が国際社会から提供される。

そして2014年の終りに国連軍がアフガニスタンを撤退するとこの資金も無くなってしまう。

無学、読み書きできない、家が無いグール・ミーナのような彼らのサービスに頼る何千の女性はどうすれば良いのでしょうか?

「もし、彼女を家族に返すと彼女は殺されるだろう。彼女の家族が彼女が死んでいることを願っている限り。これは私達すべての女性の問題です。アフガニスタン、とりわけアフガニスタンの女性にとって怖い時間です。特に私達の避難所にいる女性にとって。何故なら私たちは何が起こったのか知らないからです。もし彼女たちがここに残るのなら、殆どの人にとって死刑宣告になります。」とナデリは言った。

グール・ミーナは将来について考えていない。--実際は、彼女は攻撃されて殺される日が来ることを願っている。

「避難所についてから私は何度も自殺しようとしたが、そうさせてくれなかった。私が鏡を見たとき、自分の手を顔のそばに置いた。みんな私に自殺しないように言いますが・・・私は(酷く傷を負った顔が)恥ずかしい。」

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